
演奏会の聴きどころ Spiegazione del programma
第一部、今を遡る事77年、太平洋戦争の只中にあった1942年の日本。ハワイマレー沖海戦からセイロン沖海戦まで連勝を続けた海軍の記念日にあたる5月27日、JOBK(NHK大阪放送局)によって放送初演された3つの行進曲。武井守成、服部正という斯界気鋭の作家にまじり、何故か大澤壽人の名がある事が俄然目を引きます。JOBKは何故マンドリンとは一件関係のなさそうな大澤壽人に曲を委嘱したのでしょうか?そして全く同じ時期に同じコンセプトで作曲され名古屋で初演された中野二郎の知られざる作品「翼の歌」。東京、大阪、名古屋の3つの地域の斯界の始祖たち、我々の知る大家然とした姿や晩年の巨匠たちの姿からは伺い得ないもう一つの姿をお聴きいただくと共に、これらの作品が産まれた時代背景を辿っていきます。
戦時下に於ける「統制」は音楽、文学、美術、映画、漫画、体育など当時の文化的活動の全てに及びました。志のある芸術家たち、アスリートたちは徴兵に捕られ、招集を免れた者も自身のアイデンティティの在り方について難しい選択を迫られ、それでも生きていく為にそれぞれの決断をしながらその時期を生きました。
翌1943年、ミッドウェイ海戦を機に戦局は転換点を迎えて益々各分野の芸術家は極限の状況下に置かれました。そうした時代に産み出された各分野の作品たちは歴史の中のタブーであるかのように扱われてきました。しかしそれらの作品達も少しずつ再評価の機会が訪れています。本企画がこうした戦時下の作品を現代の目で見直すきっかけの一つとなればと考えています。
少し背筋が伸びてしまったかもしれませんね。そこでお聞きいただくのが小林由直氏初期の作品「冬の樹」。今回お聴きいただくのは初稿版になります。若き日の作風がストレートに表された初稿は第2番とは別の作品と言っても過言ではありません。複雑な展開はまだなく、若々しいフレッシュな美しさを持っていながら優しい慰めに満ちた作品です。小林氏は現在三重大学のコロナ対策担当者として前線で陣頭指揮をとってるおられるそうです。
第二部はミケーリ祭り。没後80年となる巨匠の作品からは「交響的前奏曲」と「エジプトの幻影」。いずれも著名な作品ですが、今回は新たに発見された管弦楽総譜を元に石村隆行先生に校訂をしていただき、本来含まれていたハープやチェレスタなどを加えた彩り豊かな版で演奏いたします。奇しくも第1部前半で演奏する作曲家たちの中で武井守成は1890年に産まれていますので、1889年生まれのデ・ミケーリは彼らと同時代の作曲家といっても差し支えないと思います。邦人たちが戦後まで生きたのに対し、デ・ミケーリはおそらくは戦時の喧騒に巻き込まれる事なく無く日独伊三国同盟が結ばれた3日後にわずか51歳で亡くなっています。デ・ミケーリが長生したならばどのような作品が産まれていたのかと叶わぬ夢に想いを馳せざるを得ません。また2つの作品の間にはハープとハルモニウムの響きが夢幻的な世界を生み出すフィリオリーニのオペラの前奏曲を配置しました。この歌劇はデ・ミケーリ夫人のアンナがその才能を認められ一時期所属していたエレオノーラ・ドゥーゼ劇場で初演されましたから何かしら縁を感じます。
以上、例年の半分ちょっとの内容ですので、お腹はいっぱいにならないかもしれません。その分、パンフレットは十分お楽しみいただけるだけのボリュームを用意いたしました。
当たり前のように音楽を楽しめる事のありがたさを思い、早くそんな日々が戻ってくる事を願ってやみません。従来とは様々意味合いの異なる、おそらくこんな思いをしながらの演奏会は二度と開けないだろう企画で臨みますが、決して居心地のいい音楽ばかりではないかもしれません。練習再開後は難しい環境下での少ない練習でしたから不足を感じられる方もおられるかと思います。それでも何かを感じ、それをご家族、ご友人にお伝えいただき一つの話題として頂ければ幸いです。